誤解を招く柳田充弘先生のイエメン戦ブログに反論2006/09/08 10:23

本当はちゃんとトラックバックをすべきなのかもしれないが、
知人に先生のブログを見に行く人が多いので、ヘタにたどられたくない、と
思い、トラックバックはせずにここで文句だけ書かせてもらう。

9月7日の柳田先生はアジアカップ予選の「イエメン戦」を見て、こう書いた。
「きのうのイエーメン戦、勝ちましたけれども見栄も外聞もない試合でした」

先生が上記を強く感じた原因は大熊コーチの大声連呼だった。

「選手の名前の連呼など、憚ってられない、それで見栄など無い、こういうことです。誇り高きあのジャパンブルーの戦士達ではこの高校生あつかいは耐えられないのでは無かったのでしょうか。」

「しかし、なるほどこれほど赤裸々にチームの事情が見えてきたゲームはいままでなかったでした。日本代表とはいっても、こういうレベルかな、それともオッシム監督、こういうのが好きなのかな、とまで思ってしまいました」

誤解を招きやすいのはここだ。

先生は大熊さんがオシム監督率いる代表のスタッフにコーチとして
加わってからしか、大熊さんのことを知らないようなのだ。
だから、前から存在する現象をさも、初めて出現したかのように書いた。

これは大変危ない「ものの見方」だと思う。
大熊さんの恥かしい行動言動について書くことはしかたないが、
このことをさも、今回の代表に顕著な現象として書くことは間違っている。

A代表の試合しか見ない人は、不用意に試合の感想を総論に敷衍するが、
短期間の寄せ集めチームのひとつの試合だけで、自分には何かが見えると
思うのは思い上がりではないだろうか。
せめてここにいたるプロセスを知ろうとすべきだ。
特に、今回のように大学人、研究者として著名な柳田先生のブログは
多くの人間が読みに行くからなおさらだ。

大熊さんの大声の連呼は今に始まったわけではなく、
彼のあの言動はもうずっと前から、ああなのだ。
オシムさんになんら関係ない。

大熊さんは日本サッカー協会がずっと贔屓にしてきた人間で、
2003年ワールドユースと2005年ワールドユースの監督を
任されてきた人である。
4年あまりも日本サッカーの将来を背負う若きエリートたちを率いてきた人なのである。

何年も前から、おしなべてサッカーを愛してきた人間は、
テレビで選手の名前を大声で連呼し、最後には「がんばれ~」などと
国際舞台で恥をさらすようなことしか言えなくなる大熊さんを嫌というほど見てきたのだ。

そしてそんな彼を重用してきたのは日本サッカー協会だ。
協会が、オシム監督をサポートするスタッフとして大熊さんを選んだのだ。
オシムさんが選んだのではない。
コアなサッカーファンの間では、大熊さんや井原さんがコーチとして
入閣したことに対する疑問の声も多いのだ。

「日本サッカーも地に落ちた、まるで小学生サッカーだ」と思った柳田先生の
気持は間違っていないが、それはもっともっと以前から、そうだったのであり、
日本サッカー協会がそういう道を歩んできたことを知るべきである。

つっこむならば、ネットで「大熊 代表」を検索してみるぐらいした上で書いてほしかった。

冷静になって振り返れば、ジーコ前監督は、俗に言うサッカーエリートたちを
集めた代表チームを率いていながら、シンガポールや北朝鮮、カタールなどに
苦戦してきた。
最後の最後に奇跡のような1点をとったFW、永井、久保、大黒を覚えているだろう。
なにひとつ変わってはいない。というか、そんなに簡単に変わるわけはない。

日本には昔から見栄も外聞もなかったのに、勝手に見栄をはっていただけなんである。
その事実をオシム監督は「楽観していたからこそ失望があったのだ」と言った。

ジーコ前監督の黄金伝説に踊らされた人は、日ごろJリーグを
見ていない人が多いと思うが、Jを見てきた人間はオシムさんの価値を知っている。
ジェフを躍進させたオシム監督の手腕は、並みの日本人監督には
到底及びもつかないものだ。
ジェフ以外のチームのサポーターなら、サッカーエリートとは無縁の選手たちでも
これほどのハーモニーを奏でることができるのか、と悔しい思いをさせられたことは一度ではあるまい。

オシムさんの改革を心から応援する者としては、大熊コーチの(いつもどおりの)行動で
オシム監督のチーム作りに疑問の声があがるのは、本当に残念である。
オシムサッカーは、その対極にある(はず)。
すばやい判断とリスクを冒す挑戦を、チームのためにすること。

そういうサッカーが代表で見られる日を辛抱して待っている。
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